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真実の欠片 No.7
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怠惰と呼ばれた女性は、体の線を強調する紫のドレスに身を包み、あたしたちを見下すような笑みを浮かべていた。十六夜の知り合いかと聞きたい気持ちはあるけれど、その眼差しを見るかぎり、あまり触れないほうがよさそう。
彼女はさほど離れていない距離で立ち止まると、真っ赤な唇をペロリと舐めた。
「久しぶりね、
叡智
《
えいち
》
」
歌うようなハスキーボイスは十六夜へ楽し気に語りかける。その声とは裏腹に、目は少しも笑っていなかった。
怠惰は時間をかけて、十六夜の全身くまなく凝視する。
「……この前のあれは怠惰の仕業か?」
十六夜は不快感を露骨に表しながら、一歩前に踏み出る。
長いまつげが揺れる度に空気がみるみる凍っていくようで、居心地が悪い。
まだ何も起こっていないのに、指先が震えた。両手をぎゅっと握って押さえつけようとしたけれど、収まらない。
「何のことかわからないけど……私じゃないわよ。そのくらい、叡智だってわかっているんでしょう?」
「だったら、何故ここにいる?」
「決まってるじゃない? 挨拶に来たのよ」
そう言って彼女は、エメラルドの瞳をこちらへ向けた。
べっとりとした粘着質な視線が、全身に絡みついて気持ち悪い。自分の身体に腕をまわして、少しでも落ち着こうとした、その時。
怠惰の姿が急に消えた。
――うそ。
驚きのあまり、声さえ出ない。
辺りに目を走らせた……見当たらない。
人が、消えた?
ひと通り確認し、改めて彼女のいた場所へ目を凝らした途端、紫色が視界を埋めた。
「わっ!」
思わず驚いて仰け反ると、目の前には怠惰の姿。
「あらごめんなさい、驚かせるつもりはなかったの」
ウェーブのかかった長い金髪を揺らせながら、クスクスと笑い出す。
厚みのある赤い唇は白い素肌と組合わさることによって、より存在感を浮き彫りにした。妙に気味悪く感じ、頭の先から足先にかけてびっしりと鳥肌が立つ。
当たり前だけど、人が消える瞬間なんてはじめて見た。もちろん、何もないところから人が現れる瞬間も。
得体の知れない何かが目と鼻の先にいる。体が自然と後退りをした。
だけど、怠惰はあたしの気持ちなんておかまいなしに、じわじわと距離を詰める。
「はじめまして。私は怠惰。あなたに会えるの本当に楽しみにしていたのよ」
見せかけの笑顔を浮かべ、怠惰は丁重に会釈をする。
顔を上げて艶かしく首を傾げた時、同じく金に近い色をした髪の主が間に滑り込んだ。
「萱に近づくな」
普段の十六夜からは想像もつかないほどの尖った声。
触れられる近さに背中があるのに、どうしてだろう。圧力を感じて、これ以上近寄るのが躊躇われる。
「ハートを護るナイトってとこかしら。叡智ったら、随分かっこいいじゃないの」
「おまえに褒められても、これっぽっちも嬉しくない」
「心の底からの褒め言葉なのに……冷たいのね」
怠惰が長い髪を両手でかきあげると、夏を迎えつつある陽射しがキラキラと反射した。
ひとつひとつの仕草が計算しつくされたように色っぽい。
「よろしくね萱さん。叡智だけじゃ遊び足りないでしょう」
彼女は十六夜越しに語りかけてくる。
よろしくなんて見え透いた嘘に、答える余裕はなかった。
そんなことよりも、先ほどから気になる叡智という聞き慣れない単語。
一体それが何を指しているのか、何となく悟ってはいる。ただ……口にしてしまうと地雷を踏むような予感があって聞けなかった。
だけど、
「ね、叡智。私もお遊びに混ぜてちょうだい」
怠惰は十六夜に向かって『叡智』と呼びかける。
間違いない。彼女はあたしの知らない十六夜を知っている。そして、ハートというもののことも。
……これは、何を意味しているのだろう。怠惰は、わざと叡智と連呼しているようにも感じる。
彼女が何を企んでいるのか見当もつかなかったけれど、あたしは意を決しておそるおそる尋ねた。
「叡智って、十六夜のこと、なんだよね?」
彼の肩が、ぴくんと跳ねた。
「何も教わってないの? あなた、ハートでしょ?」
十六夜に変わって答える怠惰。驚いたように口元を押さえた。
あたしの顔色を読み取ってか、呆れたように眉をひそめる。
「まさかハートのことも知らないの?」
「…………」
「よくこんなところに平気でいられるわね。逆に感心しちゃう。でも、知らないで済まされる話じゃないのよ?」
責めるような目つきに、あたしは反論すらできなかった。
あくまで自分が望んだ話。優しい彼が、受け止める器のないあたしを気遣ってくれただけのこと。
――知らない、で済まされる話じゃない。
そんなこと、他の誰でもない、あたし自身が一番良く理解している。
「やめろ、怠惰」
「過保護すぎるんじゃないの叡智。いくらなんでも怠慢でしょ。私が代わりに教えてあげるわ」
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